青嵐緑風、白花繚乱
             〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 


      4



 今でこそ、ちょっぴりセレブな方々の住まう閑静な住宅地として知れ渡っている当地だけれど。そもそもは何にもなかった、JR沿線沿いの新興住宅地の走りのような土地であり。その中心部の丘陵に元から鎮座していた由緒正しき女学園を、いかにハイソで安寧な土地かという引き合いにと引っ張り出して喧伝したことから、その発展が始まったようなもの。それほどに歴史ゆかしき女学園は、名士の令嬢たちが知識と作法を習得する場であるのみならず、女性にも社会参加の道が開けるだろうことを見越し、折々の時代に通用する、品格ある人間性や高尚な社交性を身につけることをも校風に盛り込んだ、すこぶる進歩的な姿勢を、その創設の時代から謳っており。

 “……とはいえ、最低限のルールというか、
  公序良俗というものは、やはり守らにゃあなりませんものね。”

 それもまた、その人その人が生活の基盤を置く“環境”によって、定規が異なって来るものであり。時代や土地のみならず、あんまり公言したくはないがそれでも厳然と立ちはだかる“社会的な地位”などという条件の差異によっては、同じ行状でもそれへの評は大きく左右されもして。

 『携帯電話に △△様からのメールが届いていたのです。』

 そのお人もまた女学園生のお友達で、例の久蔵殿へのシンパシィ仲間。学園だけじゃなくお買い物やら観劇などなどという、外でのあれこれへもご一緒するほど気の合う仲良しでもあったので。特に不審も抱かぬまま内容を読み、Q街のシネコンの上階にあって、髪や肌のお手入れにと皆様も通っておいでのエステサロンへ、明日の日曜 ご一緒しませんか?というお誘いへ、構いませんことよと返信したところが、

 『なのに、待ち合わせの場所にはなかなかお見えにならなくて。』

 5分10分と経ってもおいでにならないので、どうしたのだろかと連絡しようとしたところ、携帯に再びのメールがあり、とある喫茶店にいるのだが、どうにも気分がすぐれない。少し休めば何とかなると…大したことはないと思うが、そんなところでお待たせするのも心苦しいので、今日の待ち合わせはお流れとするか、時間が許すようならこちらへ来てほしいという。知らない場所でなし、では向かいますと返信してから、そちらへ歩き出したところが、

 『気がついたら、見知らぬ女の子たちに取り囲まれていて。』

 少々人出もあっての雑踏の中だったのですぐには気がつかなかったのだが、すぐ傍らから自分を追い抜いたそのまま、彼女が進もうとした先への道を塞ぐように立ち止まった人がいて。しかもしかも“え?”とその違和感にお顔を上げれば、自分とあまり年も変わらなさそうな私服姿の女の子たちが数人ほど、明らかに自分を見やってという居丈高な態度で、肩や腕を組み合い、居並んで立ち塞がっており。

  ―― あんた、▽▽江威子さんだろ?

 こちらの名前も正確に口にしたその人たちは、こっちに来なよと口許ほころばせてこちらの手を取った。楽しそうに笑いさざめいていたので、周囲からは自分も引っくるめて同じ仲良しに見えたかも知れなかったほどであり。雑踏の流れに押されたこともあり、あれよあれよと通りを運ばれ、そんなところがあるとは知らなかった地下街の一角、ちょっぴりうらぶれた観の強い寂れようの、飲食店が数軒ほど居並ぶところへまでぐいぐいと引っ張って行かれて。

  ―― 別にあんたを今
     どうこうしようって言うんじゃないんだ。
     そんな怖がんないでよ

 喫茶店らしい店へと連れ込まれ、ボックス席に落ち着いて。特に怒鳴ったりこづき回したりという、棘々しい雰囲気にはならぬままではあったが、だがだが、やはり全く覚えのない人たちばかり。居心地の悪いまま、何が起きつつあるのかさえ判らずにいれば、

  ―― △△さんは来ないよ?
     つか、あんたがここに来てるのも知らないんじゃないのかな。

 彼女のメアド、携帯ごと一昨日譲ってもらったんだ。そっからあたしらがメールを送ったんだからねと、にやにやと笑いながら畳み掛けたリーダー格の女の子が。確かに見覚えのある携帯をかざすと、そのまま手慣れた操作をして液晶画面へ呼び出したのが、

 『わたしと△△さんが並んで写ってる写真で。』

 単に同じ機種だというのじゃない、正真正銘、△△さんが使っていたものだというのがそれで判っただけじゃなく、

  ―― あのさ、江威子様だっけ? あんたには別口の御用があってね。

 その子が“様”とわざわざ付けた折、他の少女らがくすくす笑ったのが、意地悪と同じくらいに気持ちへちくちく痛かった。そんな空気の満ちる中、その代表格の子が切り出したのが、

 “アタシを…二年の草野さんって子を
  呼び出してもらえないか、だったってか。”

 江威子さんがそんなやり取りに見舞われた発端の場所、Q街の駅前広場まで。一旦帰宅し、制服から普段着に着替えて出て来た七郎次であり。ファッションマートと呼ばれる、服飾店や雑貨店の居並ぶおしゃれな通りと向かい合う、JRの駅ビルの一階部分の大きなショウウィンドウに凭れて。仕事や学校を終え、そろそろ此処へと遊びに繰り出す人々が増え始める雑踏を、あまり関心はなさげな顔のままぼんやりと眺めやっている。

  ―― むかつく子なんだよね、白百合様とか呼ばれてるんだって?
     ここのあちこちでもサ、我が物顔で伸し歩いてるとこ見かけるし。

 金髪に青い目なんて、外人かと思やそうでもないって話じゃん。何様だっての、などなどと。本人を前に言ってやりたいことが山ほどあっからさと、そんな風なお言いようを口々に重ねる彼女らで。とはいえ、

 『いきなりそんな風に言われても、
  何のことだか判らないままだったんですが…。』

 そこまでは状況に流されていたものの、そうそう言いなりにもなってはおれぬ。草野さんを知らないというのじゃあないけれど、なんでまた…そんなよく判らない呼び出しへの仲立ちをせねばならぬのか。小首を傾げて“どうして?”と聞きかけたところが、

  ―― 江威子様、言う通りにしないと困るのはあんただよ?

 そうと言ってその子は、今度はデジカメを取り出した。その液晶画面へ呼び出されたのは、自分と少し年嵩な男の人とが写っている写真で。それは親しげにしているのも道理、

 『遠縁の伯父様ですもの、別に疚しい間柄なんかじゃあない。』

 だのに、その子らは“自分たちはそんなこと知ったことじゃない”と言って聞かず、それをプリントアウトした数枚の写真へサインペンで落書きをして見せた。二年〜組 ▽▽江威子、援助交際、売春、そんな言葉を蛍光ピンクや黄色ででかでかと書きなぐり、

  ―― これを学校の近所に何枚もばらまいてあげようか?

 そこまで聞いていて、七郎次や平八のみならず、久蔵までもが“はあ?”と呆れた。確かに、年頃のお嬢様にはあまり嬉しくはない風聞、良家のご令嬢なら尚更に問題視されるやもしれない、素行上の善くない噂が立つのは出来れば避けたいものだろうが、

 『…伯父様なんですよね、それ。』
 『ええ。』
 『じゃあ別に、困りはしないでしょうに。』
 『わたしも…私も最初は意味が判りませんでした。』

 親戚の伯父様ですもの、そんなことをされてもどうってことはと言いかかったのへ、

  ―― そうかも知れないけれど、
     それを言い繕うには時間も手間も要るわよねぇ?

 まさかあんた、学園の周辺へ街宣車で繰り出して“あれは嘘です”って言って回るつもりなの? そりゃあご苦労様だねぇと、揃って大笑いされてしまって…と。見る見るお顔を歪ませ、泣き出しそうになる江威子さんには、言われた意味がそこでやっと判ったんだろう。事実無根な噂ででも、名誉を傷つけられることはある。あまりにしつこく囁かれ広められた挙句、嘘なの本当なの?と質
(ただ)される屈辱を何度も味あわされることにもなりかねず。好奇の目や伝聞途中でどんどん尾鰭のついた中傷に悩まされ、その態度でもって“やっぱり本当だったのだ”という誤解も受けかねないと。そんな恐ろしさを突き付けられているのだと、そこでやっと気がつき…怯んでしまったのは、

 “お嬢様でなくたって、おっかないことよと震え上がりますよね、普通。”

 外聞と言うと何だかいやらしいが、名誉の問題と言えば心の琴線へ最も鋭く響くだろう微妙なお年頃、世の中へもすっかり揉まれたと言いながら、されど気概はまだまだピュアで。清濁合わせ呑むのへも抵抗があろう微妙な年代のお嬢様、本当に世慣れた大人が持ち出しそうな、いかにもいやらしい手管で迫られちゃあ、逃げ場もないまま ひとたまりもなかったことだろて。

 『…それってあれですよね、
  まだ誰も攫ったり手をかけたりしちゃあいないのに、
  あんたが逆らえば大事な人を傷つけるよと言うのと同じこと。』

 一通りを語った江威子様が野外音楽堂から立ち去ってから、平八が最も呆れた部分への感慨をこぼし、それへは七郎次も頷いて見せ。

 『何もしてないと途惚けられたら終しまいだ。』

 久蔵もまた呆れたと言い足したように、何もせぬまま舌先三寸で人を言いなりにする、言わば“脅迫”の手管の1つであり。事態が発覚しても、会話の録音でもない限り、相手には途惚け倒せるという逃げようもあること。それより何より、

 『そんなことをする用意があるぞと先に言ってくれたのを逆手にとって、
  身構えようはいくらだってあることですのにねぇ。』

 ベタな手ですが、学園周辺の清掃作戦なんかを急遽 催して、その伯父様とやらに来てもらい、積極的に参加してもらっておれば、なんだ関係者じゃないかって刷り込みはあっと言う間にこなせます。

 『Q街のどこをどう連れ回されたかを聞き直して、
  監視カメラに残った映像から問題のお嬢ちゃんたちをあぶり出し、
  付け回すって手だって……。』

 『いやそれは、ヘイさんだから出来る特殊な対処だってば。』

 そこまでは そうそうそこいらの人には出来ない対処だぞと、それでもつい“そうだよねぇ”と頷きかけた七郎次が、大慌てでかぶりを振って見せ、

 『まあともかく。アタシが出てけば良いって話らしいし。』
 『シチさん、まさか。』
 『〜〜〜〜。(否、否、否)』

 そんな奴らへシチまで関わるこたないということか。久蔵が、腕を捕まえてまでして、ダメダメだからねと それこそかぶりを振って見せたのへ、

 『まあま、とりあえずは………。』

 そこで ふっと、物思いを中断させた七郎次だったのは。車道のある方向から、そちらも着替えて来たらしい江威子さんが姿を見せたから。シンプルなデザインながら仕立てはしっかりした、オーダーメイドらしいすっきりとしたワンピースをまとっておいでであり。彼女としては別段気張っておいでではないのだろうが、

 “とてもじゃないけど、脅迫されての行動中には見えないところが凄いや。”

 地味のレベルが違うなぁと、こちらさんは出来るだけ動きやすいように、ドレープの利いたチュニック風ミニワンピを定位置から少し下げた辺りへベルトで引き締め、その下に七分丈のレギンスをはいての、足元はグラデュエイターサンダルという、そりゃあ……今時のいで立ちをしていた七郎次だったのへ、

 「………もしかして、草野様?」

 向こうさんも驚いたらしいから、まま、そこのところは引き分けか。

 「あ、気にしないで。
  見ず知らずの人から呼び出されるなんて初めてだし、
  あんまり目立つといけないかなって、こんな恰好に。」

 うふふと微笑ってから、

 「さあ、何処へ私を連れて来いと言われたんですの?」

 至って無邪気に快活に、遊びに行くような口調でもって訊いて差し上げた、白百合様だった。




       ◇◇



 Q街は都心の繁華街ほどではないながら、それでも、服飾関係から可愛らしい雑貨にコスメの色々、本やCD、しゃれた電化製品などなどの専門店に、少し離れたところにはシネコンやプラネタリウムもある見本市会館。それらに隣接する飲食店街に、結構有名だというDJが仕切るちょっとしたクラブまで、と。様々な店舗や施設のいろいろと揃った、休日やアフター5を過ごすには十分すぎる歓楽街とも言えて。まだほんのりと明るい初夏の宵の口、昼間のちょっぴり蒸し暑かった空気がまったりたゆたう雑踏の中。時折戸惑うように立ち止まっては、行き先案内のプレートや何やを見上げ、不慣れな土地でございますとありあり判る誘導ぶりで、駅ビルの地下街まで何とか辿り着いたところで、

 「約束守ったんだ、偉いねぇ江威子様。」

 さして遠くない壁の向こうをJRの快速でも通過したか、そんなお声がかかったのと結構な騒音とが重なってしまったものだから。実際の声じゃあなくの、どっかのお店でかけてるFMか、はたまた空耳かと勘違いしかけたくらい。そのままスルーし、歩みを進めかかった金髪に白いお顔のお嬢様だったのへ、

 「ちょっと待ちなよ、そっちのお嬢様。」

 ばらばらばらっと立ち塞がったのが、こちらと同世代だろう数人の女の子たち。気の早いタンクトップに半袖のウエストカットの上着を羽織っていたり、柔らかい素材のTシャツと少々ぶかっとしたハレムパンツ風の短パンツを合わせていたりと、初夏向きのいで立ちに、染めたのだろう揃って茶色がかった髪をしており。大人びた恰好をしているつもりらしかったが、少々居丈高な口利きをする自信は何処から来るものか、どう見ても高校生に違いなく。

 “人通りのない一角、か。”

 ちょっと場末の地下街は、まだ工事中整備中なのかと思わすほど、通路の内装もあちこちが殺風景だし、蛍光灯を仕込んだ宣伝パネルも、ところどころが準備中という張り紙だけという有り様で。冗談抜きに先は何処にもつながっていないのか、他には全くと言っていいほど人影もない。平日の昼だったなら管理事務所の人がご飯だ休憩だに利用するのだろ、ちょこっとうらぶれた食堂らしい店が数軒、のれんを提げの、行灯タイプの店名の入った明かりを置きのしていたが、まるきり無人なのが覗かずとも判る静かさであり。そんなな此処いらを遊び場にしているものか、自分たちの縄張りだという感覚が、彼女らへの有り余る威容を振り撒く支えになっているのかも。逃がさないよという とおせんぼのつもりか、互いの肩に手を置いたりしつつも、こちらが駆け出そうのもなら追っかけるという気 満々に、ちょっと斜
(ハス)に構えて立ってる子もいる中、

 「びっくりしただろ、お嬢様。
  まさか、いいトコ仲間のお友達が、こんなアタイらとつながってたなんてサ。」

 小ばかにするような口調で話し始めたこの子が、リーダー格なのだろう。江威子さんが視線を逸らすのを鼻先でしゃくるようにし、

 「泣き落としのネタでもかまされたんかも知れないが、
  我が身が可愛いからってこんなところへ友達連れて来るくらいだ、
  あんたらの友情も大したことはないんだね。」

 あははというけたたましい笑い声が、その他大勢の取り巻きから聞こえ、

 「あんたはこれでお祓い箱だ。もう呼び出さないから安心しな。」

 まるで居場所がないかのように、居たたまれないお顔で立ち尽くしていた江威子さんへ、そんな風に乱暴な言いようでまくし立てるのも、学園へ戻ってからも例えば“騙された”と七郎次から恨まれようことを期待してという、性分
(たち)の悪さを感じさせたが、

 「成程ね。
  ホントと嘘とを混ぜれば それなり逼迫した態度になるから、
  演技に慣れてなくたって人を信じさせられる。
  そんなことにまで通じてるなんて、凄いわねぇ あなたたち。」

 ここで学園でも人気者の七郎次から誤解なんてされたなら…と、そんな格好での攻めように遭い、もうもう息さえ出来ないんじゃなかろうかというほど、青ざめていた江威子さんだったのへ、

 「心配することはありません。
  ただ単に、写真のことだけで踊らされてたんじゃあないのでしょう?」

 「…………………え?」

 それはくっきりと、それこそ堂々とした態度と口調で言い切った七郎次であり。こんな胡亂な場所へ来ただけでも身がすくんだ自分と全く異なる、それは余裕のあるお顔、江威子様が声もなく見つめ返しておれば、

 「アタシはてっきり、
  セーラー服の夜叉弁天があちこちで暴れているとかいう
  物騒でお行儀の悪い噂かと思ったんですがねぇ。」

 これは、対峙していた少女らへと掛けたお言葉。何を言い出すものかと小首を傾げる子がいたものの、ほとんどがさして動じないまま、

 「あら。本当にご乱行をなさってたの?
  だったら儲けもんだなぁ。それもバラされちゃあ やばいネタなんでしょう?」

 そんな言いようで“語るに落ちた”とでも持ってゆき。せいぜい焦らせたかったらしいのだけれども。

 「ええ。確かに外聞はよろしくありませんわね。
  でもそれって、
  広められても…相手になった人たちがやばいって思うだけですが。」

 こ〜んな小娘に鼻面引き回されたことになるんですものねぇと肩をすくめ、一向に怯む様子がない白皙のお嬢様だったのは、さすがに意外だったのだろう。どちらが主役か判らぬほどに、オーラに差があるのも歴然としており。乾いた照明の照らす殺風景な地下道の只中で、向かい合ってるだけでも威圧されそうな相手に、これは勝手が違うぞとようやく気づいたらしく、

 「そ、そんな横柄な態度でいられるのも今のうちだけだよっ。」

 前髪や横手の茶髪をふんわりカールさせての頭頂へ盛るだけ盛った、一歩間違えたらアルサロかキャバクラのチィママみたいな髪形のリーダーさん。威厳が損なわれたとでも思ったか、やや語気を荒げると、そんな苛立ちを滲ませたまま、髪振り乱してサッと自分の背後へと振り返る。すると、

 「結構 物騒なことを言うお嬢様だよなぁ。」

 どんなお芝居の仕込みですかと、白百合さんが内心で呆れたほどのお約束。地下道に多いがっつりと分厚く太い柱の向こうから、こちらのお嬢さんたちと同じほどの頭数の青年たちが姿を現す。多少は年上らしかったが、それでも十代が大半だろうという、体格こそ出来上がりつつあるものの、

 “惜しいな、もうちょっと地道な運動で練り込まにゃあ。”

 それこそ、前世にて大戦という実戦の場で自身を練り上げの絞り上げのした実体験から、どこをどうすりゃ もちっと効果的なビルドアップにつながるかも判る、微妙なスキルをお持ちの七郎次お嬢様からすれば。背が高いだけとか、腰が高すぎて安定悪そうとか、あと一歩足らない面々ばかり。それが証拠に、

 「大人しく震え上がってくれてりゃあよかったのによ。」

 リーゼント崩れという感じの、庇のような前髪の男が、盛り頭の少女の傍らまで進み出て来て、七郎次と江威子さんとを他の面子が取り囲む。

 「ちょこっと剥いたカッコを写メに撮ったら、
  それこそ正真正銘のネタになるとは思わね?」

 …………う〜ん。肌もあらわな姿を撮れば、恐喝のネタとしてこれ以上はない代物にならないかい?と訊きたいらしい、国語力磨いて出直せ男の言いよう、ちゃんと通じたらしき仲間内がへらへらと笑ったものの、

 「じゃあ、まずはお膳立てをしなきゃあな。」

 横手から別な男が随分と無造作に手を伸ばして来たのへと、こちらはただ、ちらりと視線を流しただけだった七郎次。但し、彼女はそれしかしてないというだけで、

 「え?   うあっ!」

 何か風が吹いたかなと思えた一瞬の直後に。伸ばした腕をパンと跳ね上げられの、それで空いてしまった脇へすかさず、横薙ぎの一閃が強かに入っており。あまりの痛さに、その場でぐるんと回ってしまい、その後そのまましゃがみ込み、自分の横腹を必死で抱きしめてる仲間内の不穏な態度へ、

 「何してやが、る……?」
 「そいつは何だ?」

 不躾男と七郎次との間へ、いつの間に現れたのか、もう一人の人物が割り込んでいて。その手には、アンテナペンを思わせるスライド式の指し棒が一本。得物はそれだけだし、何より姿がまた異様…というか不自然というか。この間合いで飛び込んで来たのだから、間違いなくお嬢さんたちへの助っ人なのだろうが。ランニングタイプのインナーに重ねた、ルーズなボートネックのカットソーと、スリムなシルエットのスムースデニムというこざっぱりしたいで立ちの少女は。護衛対象の彼女らよりも細いんじゃなかろかという痩躯なその上、鞭もかくやというほど良くしなう武器にて、払い飛ばしを縦横に二段構えにした合わせ技なんてな、高度な仕置きをした辣腕さん。それにしては…すっくと立ち上がって、軽やかな金の髪をふるると揺さぶった姿の、何ともまあまあ美しかったこと。

 「……ミラ・ジョボビッチみてぇ。」
 「何だそれ?」
 「知らねぇのかよ、凄げぇ美人のハリウッド女優で。」

 躍起になって説明しかかっていた兄さんもまた、次の瞬間には肩をどんと衝かれての。見事に後ろへ突き飛ばされており。それを見やってのこと、

 「これこれ久蔵殿、そちらさんはまだ何も。」

 しちゃあいませんよと言いかかった七郎次へは、

 「何の何の。この状況ですもの、十分、専守防衛と言い通せますって。」

 そちらさんも一応の武装のつもりか、いつぞや使って気に入ったらしい、筒状製図入れのポリケースを紐かけて背中へと負った平八が、それにしては暴れるつもりがないのが見え見えな、お膝の隠れるフレアスカートに可愛らしいミュールという足元でご登場。

 「専守防衛? 正当防衛じゃあないの?」
 「いやまあ、今さっきのはこっちが先に手ぇ出してたしっ、と。」

 背後から掴み掛かって来た気配を察し、おっととしゃがんだ平八に成り代わり。七郎次が左腕を振り切り、その手の中に特殊警棒のグリップを捕まえる。チェニックの袖口、アクセサリーに見せかけて手首へ仕込んであったそれを、振り切る所作にて引き伸ばしたもので。きっちりと掴んでから、返す仕草でぶんっと上へ振り切れば。

 「ぐあっ!」

 ガタイばかりが大きかった割に、アッパーカットの不意打ち一閃で目の前に星が飛び交い、そのまま後ろへ倒れ込んでしまったお兄さん。ほ〜らやっぱり見かけ倒しだったと、口元を微妙にたわめて見せれば、

 「………っ!」

 そんな彼女へと突進して来たのが他ならぬ久蔵で。何をとち狂ったかなんてな、的外れなことは欠片ほども思いもしない。真っ直ぐに何かを見据える彼女の目線は、自分を見てはなかったからで。特に合図はなかったが、

 「…っ。」

 絶妙な間合いにて片膝突いての前かがみ、微妙に四ツ這いっぽく身を伏せた七郎次の背へ。軽く片手をついてから前方転回にて飛び越した久蔵が、そのまま両足を揃えると、目がけた相手へ渾身の両足飛び蹴りをお見舞いしており。

 「ぎゃあっ!」

 一番上背のあった、重量級だろう男だが、これもまた七郎次が読んだそのまんま、腰が高すぎたネックをもろに露出しつつ、もんどり打っての仰のけに引っ繰り返った呆気なさ。どう考えても、体格もパワーも数倍は格差があったはずの相手を、颯爽とした身ごなしの鮮やかさのみならず、一撃へ乗っけた間合いや角度などなどの熟練っぷりに差が出てのこと、翻弄しての軽々打ち倒してゆく少女らの頼もしさよ。蹴り飛ばした反動で、こちらさんもまた多少は後じさりをしてしまった久蔵の、かつてよりもっと細身の肢体を受け止めた七郎次、

 “この細い体で良くもまあ。”

 きゅうと抱きしめたらば、どこまでもしゅうしゅうと萎んでってしまいそうな。マシュマロか淡雪かというよな柔らかな肢体をしておいでなのにね。きりりと冴えた横顔はあくまでも凛々しいし、繰り出す攻撃も半端なく鋭くて、しかもツボを外さない的確さが何とも恐ろしい。そんなお嬢さんたちがいた場へと向かって、

 【 そこの乱闘を続けるお嬢さんたち、直ちに止まりなさい。】

 ハンドトーキー、別名 電気式メガホンを手に、数名の警察官を引き連れた、スーツ姿の刑事さんが、いつのまに現れたのやら、繁華街へと戻る側の道を塞いでこちらへ呼びかけて来たもんだから。

 「…やばっ。」
 「アケミ、逃げるよっ!」
 「ま、待ってよ、コージがっ!」
 「そんな役立たず、置いてきなっ!」

 最初に彼女らを待ち受けていたお嬢さんたちが、泡を食って逃げ出しかかったものの、

 「そうはいかない。」

 彼女らには逃走経路もそれなりあったらしい奥の方からも、やはり制服組の警察官らが飛び出して来ての包囲してしまい。十代の身で末恐ろしい企み構えたが相手が悪かったね事件は、こうして一応の幕を下ろしたのであった。








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  *う〜ん、やっぱり活劇になってしまいましたね。
   ですが、まだまだ先がありますので ( つか、ネタを全部拾い切れなかったので )
   もうちょっと、もちょっと大分、続きます。


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